手放せない理由

数年前から「もう履くことはない」と確信しているスカートが2枚ある。それを、どうするか。誰か似合いそうな人を見つけて貰ってもらうか。または以前から興味を持っている「メルカリ」に出してみようかと迷っている。

それにしても何かを整理する時、迷うことは殆どない私なのに、珍しく整理できないでいる。それは何故だろう。この2枚に関しては「また着る機会があるかも」などと思うことはないのはハッキリしているのに・・・。
そこで何故、手放せないのか。その心理を自分で探ってみることにした。

「手放せない理由」を自己分析

先ず、「もう着ることはない」と断定できるのは、自分のリアル年齢と服が醸し出している年齢にズレを凄く感じるからだ。
とは言っても、カジュアルな普段着ならば私と服に年齢差があったとしても、若い時から制服のように着ていて肌に馴染んでいるせいか、その差はそんなに気にはならない(傍から見たら、どうなのかはわからないけれど 苦笑)。

が、しかし。くるぶしまである黒のティーアドスカートはシルクタフタがたっぷりと使われていて、あまりにも存在感がありすぎる。・・・でも、生地と色は同じでもティアードではないデザインだとしたら、まだいけるかもしれない。

シルクの鮮やかなピンクのスカートは膝小僧が見えるミニ。スカート丈については3年ほど前に「もう膝小僧が見えるスカート丈は自分的に落ち着かない」と判断して、それからはその丈のスカートは購入していない。

問題は、この派手すぎるピンクの色だ。ツルンと光沢のある素材なので、色の存在感が割増になっている。・・・でも、もしかしたらカッコイイデザインだったら、それはそれで‘有り’の色かもしれない。

※これは2002年に出版されたビューティMook「藤原美智子 ビューティマジック」の中で、私のファッションを紹介したページ。ピンクのスカートを着用している写真も探したけれど見つからず。残念。

私が服に求めるもの

なるほど。つまり色というよりも、ティアードだったり膝上だったりといった「若い」要素であるデザインと、私の十分過ぎる大人の(苦笑)皮膚感にズレがあるから「もう着ることはない」と思ったし、着ても「何だか落ち着かない」と感じたということだ。

とは言え、2020年11月3日に投稿した記事に書いたように、私には「もう歳だから」という概念はないし、「年相応」と言う世間や他人に合わせるつもりもサラサラない。

数字や世間ではなく、基準は自分の肌感とマインドと服が合っているかどうか。
皮膚感という見た目。マインドという内面。それら外見と内面のどちらか一方と言うのではなく、そのどちらにも合っている服。それが、私が服に求めるもの。

もちろん「ファッションは幾つになっても楽しんでいいんじゃない?」とか「自分がしたい格好が一番!」と言う人もいるだろう。私もファッションは年齢に関係なく楽しむべきものだと思っている。

でも、それと共に外見(肌)と内面(マインド)が合っていることも、私には大事な条件。それらが揃っていなければ、私はしっくりと居心地良く感じられないのだから。

大きな理由はライフスタイルの変化

そうそう、問題は「何故、処分できないでいるか」だった(!)。でも、こうして考えると理由は明白だ。マインドにはライフスタイルが大きく影響すると思うのだけど、これらを購入した時と今とでは私のライフスタイルは大きく変化した。それも大きな理由になっているのだろう。

この黒のスカートもピンクのスカートも、まだ私が夜型生活をしていた頃に購入したもので、講演の仕事の時やパーティなどでよく着用していた。

今は夜型から朝型生活に変えたので、パーティにも殆ど出席しなくなった。それによって着用する理由も場所もなくなった。だから、もう「履くことはない」と断定できるのだ。
つまり、これらの2枚は今の私の皮膚年齢だけでなく、ライフスタイルにも合わなくなったということである。

さらに整理できない理由を挙げると、まだ「これからの自分」にシックリとくる格好が思い浮かばないからだ。問題は「これからの」のところに、ライフスタイルが含まれていること。ここまではハッキリと自己分析できる。

見たい風景が変化してきたことも大きな要因

ライフスタイルの何が問題かと言うと、まだ霧の中のボンヤリとした風景のようにしか見えていない状態だが、ここ数年前から、特にコロナ禍になってから現実的にも精神的にも見たい風景が変化し始めている。
そんな中途半端な状態だからこそ、「今まで」のものが手放せないでいるのだろう。

もし見ようとしている風景の霧が少しでも晴れたなら、その時には今はまだ片手につかんでいるものもスッパリと手放すことができるだろう。
でも本当は手放すからこそ、次の何かは見つかるものではあるのだけど。

さて、このように自分が今、いろいろな意味で移り変わる入り口にさしかかっている状態であることが、今回の分析でハッキリとすることができた。それだけでも前述した前々回の記事よりは半歩前進したと言えるだろうか。

こうなったら機が熟れるのを待つことにしよう。
その時には、この2枚のスカートをどなたかに貰ってもらえたら嬉しい。