今だからこそ「生活はアート」の心の余裕を

「生活はアート」パトリス・ジュリアン著(主婦と生活社)

この本を購入したのは、20年ぐらい前のこと。当時、パトリスさんはレストランを経営されたり、お洒落なライフスタイルが注目されたりしていてライフアーティスト、エッセイスト、料理人として雑誌などでいろいろなライフスタイルの提案をされていました(2004年に出版した私の料理本「美人の食卓」(アスコム)でもジュリアンさんに登場して頂きました)。
そしてジュリアンさんのこの本が発売された時、「生活はアート」と言うタイトルを見ただけで「確かに!」と共感して本屋さんに直行したことを覚えています。

この本には彼の美意識のフィルターを通した食から住まい、ファッション、人間関係、生き方に至るまで、どうしたら自分が心地よくいられるか、どうやったらウキウキと弾むような気持ちになれるかと言ったヒントがたくさん書かれています。

「生活はアート」の目次

二十歳の頃の私の部屋作り

実は、私も若い頃からそれらのことに興味を持っていて、ヘアメイクアップアーティストのアシスタントを始めた二十歳ごろは住まいに一番、お金をかけていました。とは言っても若いので、もちろんお金があるわけではなく、当時、住んでいたのは原宿の6畳の板張りのリビング&キッチンと3畳の寝室、バストイレ付きの古〜いアパート。でも入居する時、古いのでペイントしてもO Kということだったので部屋全体の壁は白に、キッチン棚の扉はネイビーブルー、バスルームの壁は水色、トイレの蓋は白っぽいピンク色に塗り替えました。
そしてイギリスのアンティーク家具や米軍のユーズド家具でインテリアを整えたのですが、髪や手にペンキをつけながらも、家具探しに奔走しながらも、その工程を楽しみながら部屋を整えていったことを今でも鮮明に覚えています。

その後に受けた取材で、「古いアパートの階段を不安を感じながらカンカンと上がり、ドアを開けたらそこにはパリジェンヌ風の・・・」と言うように書かいてもらった記憶があります。初めて本格的にした自分の部屋作りを「パリジェンヌ風」と書いてもらえたことが凄く嬉しかったことも鮮明に覚えています。

住まいにお金をかけていた分、食やファッションにはそんなにお金をかけられる余裕はなかったけれど、その頃から付き合いのある友人と先日、話した時に「あの頃、こんなにもオシャレなヘアメイクの人がいるんだってビックリした」とオシャレな彼女が言っていたので、無いなりにいろいろ工夫してオシャレをしていたのでしょう。

‘生き生き’とした魅力は、どこから生まれるのか

実は、その当時から私は女性の美しさはメイクやヘアといった外側のことだけでなく、住まいも考え方も生き方も全て関わっている、と若いなりに思っていました。だからヘアメイクアップアーティストとしてスタートした時も、「いつかは内面にもメイクできるアーティストになりたい」と言う夢を抱いていました。その人がまだ気づいていない魅力や内面の個性を見つけ、それをメイクでわかりやすく顔に表現できるアーティスト、と言うことです。それができたら女性を心から生き生きと輝かせることができるに違いない!、と。

思い返すと、それから今に至るまで「どんな女性が美しいと思うか」と言った取材には、「生き生きとしている女性」と答えていたと思います。そんな私が断言するのは‘生き生き’となるためには、心がワクワクしていなければ、そのようにはならないと言うこと。そして、そのワクワクは誰かにしてもらおうと思っていては生まれてはこないと言うこと。パーティやイベントなど特別のことをしている最中は誰もが楽しさで生き生きとしているかもしれないけれど、その場だけのこと。それが終わったら萎んでしまうので結局、その人の魅力には積み重なってはいかない・・・。

‘ワクワク’を持続させるコツ

積み重なっていくワクワク感というのは日々の、小さな「これを、こうしたらどうだろう?」と創意工夫する気持ちから生まれるのものだと私は思っています。例えば、

・メイクやファッションをちょっと工夫したら、いつもとは違う自分になれた
・いつもとは違う道を通って駅に行ったら、素敵なカフェを見つけた
・間に合わせのカトラリーからお気に入りのものに変えたら、いつもの食卓がオシャレになった
・花一輪をテーブルに飾ったら、周りの景色まで変わった

極端に言えば、コトやモノは何でも良いのかなと思います。重要なのは、‘いつもの自分’に新しい見方や喜びを自分で吹き込むことができるかどうか。それがワクワクとした感覚を持続させるのではないかと思っています。そして、そのコツは‘いつも’の視点をちょっと変えることができる心の柔軟性にあると思っています。

‘面倒臭い’は全てをこわす

この視点を変える大敵は「面倒臭い」という気持ち。これは全てを壊してしまいます。いや、壊す前にスタートさせる気持ちまで萎えさせてしまいます。だから‘生き生き’の大敵は‘面倒臭い’と言って良いでしょう。でも、それもこれも全ては習慣。最初に「エイ、ヤッ!」と弾みをつけると、「面倒臭い」の呪縛の鎖は外れるものです。それを一回だけではなく、習慣になるまで何回も繰り返す。何をするにも面倒臭いと思う人は、まずはこの最初の一歩を踏み出す決意をすること。そして努力することを続けることを忘れないこと。でも決意も努力も習慣になるまでのこと。・・・と、思えることも大事なことかもしれません。

コロナ禍の今こそ、‘納得できる自分’へのチャンス

ところでコロナ禍により‘おうち時間’が長くなったので、部屋の整理整頓に時間をかけていると言う人が多いそう。と言うことは、そうした今までの不要を取り除いた今こそがチャンス。今こそ本当に望んでいた自分らしい空間、自分らしい暮らし方、自分らしい生き方をスタートさせるチャンスとも言えるのではないでしょうか。
またはコロナ禍により世の中全体が不安に包まれている今だからこそ、自分が心からワクワクする事は何だろうと探して行動する事は大事ではないでしょうか。

実践して自分に納得することが増えていくと、心に余裕は生まれていくものです。だから‘こんな時’だからこそ「生活こそアート」と捉えて、つまり創意工夫して自分を納得させられるような生活(生き方)を積み重ねていくことが大事だと思うのです。
ジュリアンさんのモノゴトの捉え方は、とても参考になるはず!