「摂り入れる」で一番、大切にしていること

ある時期(14年ほど前から数年間)、「自分には、どんな食事が合っているんだろう?」と、いろいろな食事法を試してみたことがあります。「糖質制限・高タンパク質を摂る食事法」、「マクロビオティック」「ナチュラル・ハイジーン」「ローフード」などなど。そうそう、断食施設に一週間入ったり、週末だけの軽い断食をしたりしていたことも。食事法で自分の体質を変えられるのではないかと思ったからです。

困った私の体質

どんな体質かと言うと、子供の頃からお腹が空くと手が震えてきたり、舌が痺れた感じになったり、しまいには冷や汗まで出てきてしまう。でも、ちょっとでも食べすぎると「そこの床でも良いから寝たい」というほど異常に眠くなってしまうという振り幅の大きい厄介な体質です。
特に甘いものや肉、炭水化物、油っぽいものばかり食べているわけではないし、運動は常に何かしらしているし、凄く大食いと言うわけでもないし・・・。
遺伝もあると思うのだけど、「なんとかしてみよう」という気になり、まずは何を食べる・食べないと言うよりも、どんな食事が自分に合っているのかを探ってみることにしたと言うわけです。

そして上記のような食事法をいろいろ何年間か試みて、どれも何かしら体調が良くはなるのだけど、でも何か腑に落ちない・・・。それに、この食事法を一生続ける気になれない・・・。自分には他にもっと合うものがあるのではと思いながら、いろいろな食事法を試していました。

野菜作りと栄養学

アグリスで収穫した野菜。今は家の庭で家庭菜園。
これはディプロマ。苗字は結婚名。

そして今の食生活に辿り着くきっかけとなったのは、その頃、摂り入れていた「ローフード」。これは野菜や果物をなるべく生の状態で食べる食事法ですが、「リビングフード」とも呼ばれています。‘リビング’、つまり酵素が生きている(Living)食べ物と言うことですが、「だとしたら、野菜はできるだけ生きている状態のものを食べないと意味がないかも」とハタと気がつきました。つまり、なるべく採れたてのものを口にすると言うことです。そこで「それなら自分で野菜を作ってみよう!」と思い立ち、ネットで探して、契約した土地で野菜作りを指導してもらいながら、自分で育てて収穫できるところを見つけ、初めての野菜作りを決行することに(※アグリス成城)。

そして同時に、‘この栄養はアレに効く’とか‘アレを摂取すると、こんな効果がある’と言った枝葉のことではなく、栄養学を体系的にキチンと学んでみたいと思い立ち、それもネットで探して入学することにしました(※ホリステイックカレッジ・オブ・ジャパン)。この時、思い立って行動したこの二つのことが、先々の自分の‘食の基本’になるとは、この時、想像もしていませんでしたが。

生きている野菜の命の味

まず野菜作りをして驚いたのは、「採れたての野菜って、こんなにも美味しいの?!」と言うこと。きゅうりやナスのみずみずしさ、トマトの甘さ、採れたての春菊の葉っぱの柔らかさ!どれも食べなれているものなのに、いつもとは違う味や食感であることにびっくり。新鮮と言うことが美味しさの基本なんだと言うことを初めて自覚しました。そして無農薬で育てるだけでなく、‘生きている野菜の命を頂く’って、こう言うことかと初めて腑に落ちた気分がしました。

ミクロからマクロまでの栄養学で納得できたこと

そして栄養学の授業では一つ一つの栄養素から、どんな食事法や体質があるのか、栄養とはどう言うことか、‘食べる’とはどう言うことかなど、ミクロからマクロにいたるまで教えて頂きました。
凄く府に落ちたのは、
・一人一人の体質は違うのだから、合う食事法も変わること
・部分ではなく、全体を採り入れることによって栄養素は活かされる
・食べる時の状況によって栄養素の働きも変わる
・意識と無意識によって、あらゆるものが変わる

文字にすると当たり前のことばかりですが、それらを教科書や映像を見ながら教えて頂いたことで、それまで自分の根っこのほうで「そうじゃないかな・・・」と抱いていたことを、やっと確信できたし府に落ちた思いがしました。
私は何でも自分で試して合点がいかないと納得できないタイプ。例え、それが失敗だったり間違えていたりしたとしても、それは経過に過ぎず、自分で体験することが‘生きる’と言うことではないかと思っています。

府に落ちた私に合う食事法

さて、こうして野菜作りをしたりホリスティックな栄養学を学んだりすることで、私の食事の基本は以下のように徐々に定まっていきました。
・バランスよく食べること
・楽しい気持ちで、ありがたく頂くこと
・腹7部目を意識すること

これも特に説明する必要がなく、そして恥ずかしくなるほど当たり前のことばかりですが、いろいろなことを体験したり学んだりした結果、頭だけではなく知識だけでもなく、これらをやっと心から納得することができました。調理法も「熱を加える、加えない」と言うことだけではなく、「あれらは食べない、これらを食べる」でもなく、極端すぎず、中庸にキープしてあげる。それが私には必要だったのです。自分でも無意識に分かっていたからこそ「何か他にあるかも」と探していたのかもしれません。

実際、バランスよく、腹7部目を意識して食べるようになってから、それまでの極端な震えや眠気の襲われることはウーンと減りました。とは言っても今でも急いで食べたり、上の空で食べたり、「食べすぎた〜」と言うことは、まだまだあります。でも自分に合っている食事法が分かっているので安心感はあります。そして「たまにはね」と自分を甘やかしてあげることも大事、と良いように解釈することも大事とも思っています(笑)。